SALONE サローネ便り 二
「グライヒ」は、
15分
院長、シュトゥットガルトの二年
1996年の春、院長はそれまで勤めていた三つの病院をすべて辞め、住まいも引き払って、ドイツへ渡りました。行き先は、シュトゥットガルトのマリア病院形成外科。医師18人、形成外科だけで90床、年に5,000件ほどの手術を行う病院です。
手術の数よりも、院長が今もよく話すのは、そこで出会った医師たちのことです。
MATTINA 朝
形成外科の朝の会議は、7時に始まります。会議室は、6時59分まで明かりもなく、誰もいません。それが7時には、教授から研修医まで、全員が席に揃っている。
早く来て待つ人もいなければ、遅れる人もいない。毎朝、それが当たり前のように続きました。マリア病院でいちばん覚えていることを聞くと、院長は、この真っ暗な部屋の話をします。
SUBITO すぐに
その一方で、時計どおりにいかない言葉もありました。
手術の最中に、病棟から電話がかかってくる。手が離せないので、「グライヒ、グライヒ(すぐ行く)」と答える。けれど手術は、途中で放り出せるものではありません。5分ほどすると、また電話が鳴ります。
「グライヒというのは、15分のことだ」。先生たちはそう言って、いつも笑っていたそうです。会議は1分もたがえずに始めるのに、手術の手は、電話のために急がない。
始まりの時刻は守る。
けれど、手は急がない。
MAESTRO 師
院長が主に教わったのは、乳房と手の外科、顕微鏡を使う手術を専門とするグロイリッヒ教授です。ドイツ語の gräulich は「ぞっとするような」という意味で、お名前の響きはそれとほとんど変わりません。けれど本人は、アインシュタインのような風貌の、穏やかで優しい先生でした。
フランス語が得意な教授は、「Inoue」をフランス語風に読んで、院長を「イヌー」と呼びました。日本語では犬に聞こえるので、院長は少し困ったそうです。好物は、ベルギーのチョコレートでした。
SCHERZO 冗談
真面目なドイツ人にも、冗談の名手はいます。マティアス先生は、ドイツ人は果物を皮ごと何でも食べる、と話し始め、「バナナもね」と付け加えました。院長が「えーっ」と声を上げると、先生はりんごをかじりながら、「冗談だよ」と笑ったそうです。
CIOCCOLATO チョコレート
手術が長引くと、誰かが「ショコラーデ!(チョコレート!)」と声を上げる。手を下ろせない医師のために、マスクの隙間からチョコレートが差し入れられ、手術が終わる頃には、両方の頬がチョコレートの筋だらけ。三十年近く前の、ドイツの手術室のおおらかな一面です。今の日本の手術室では、もちろん、こうしたことはしません。
TEMPO 時間
大江橋クリニックは、一度にお一人ずつ、予約の時刻どおりにお迎えしています。そして、その時間は目の前の方のためだけに使い、手術も照射も急ぎません。
7時ちょうどに揃う会議室と、15分の「グライヒ」。院長がシュトゥットガルトで見た時間の使い方は、今もこの診察室に生きています。
ご予約は、予約フォームから事前問診をお送りください。