院長のこと
メスで、
心を癒す方法を
見つけたい。
京都大学医学部を出て、形成外科ひと筋に三十年あまり。ふだんは温厚で、やさしい。けれど、日和らない。十の質問に、答えてもらいました。
手
一何をしている人ですか。
「形成外科医です。大江橋の手術は、すべて私が執刀します。専門は傷あと治し。傷あとは、目に見えるものばかりではないと、肝に銘じています。」
二なぜ、形成外科を。
「入局の面接で、患者さんの心と向き合い、メスで心を癒す方法を見つけたい、と答えました。教授には、随分と変わったことを考えているな、と言われました。」
三いちばん覚えている手術は。
「自分の切開線のほうがいいと、師に申し上げた日のことです。切ってみると、皮膚が動かない。師は後ろで腕を組んで、自分で考えろ、と。線を描いては消し、切り足すと、皮膚が動いてぴたりと塞がりました。」
副院長より
あの日から三十年あまり。今の院長には、切る前に、もう何通りもの線が見えています。そして、切ると決めたら、日和りません。
四師から、何を学びましたか。
「この傷の治し方を十通り考えてこい、と言われました。詰将棋のように、何手先まで読むか。傷あとが目立つかどうかは、長さではなく、皮膚がどこに収まるかで決まる。目指すのは、最後に目立たないことです。」
五皮膚と、どう向き合っていますか。
「切ると、皮膚が語り出す。行きたいところを聞いて、そのうえで、こっちへ行け、と指令する。手をかけるほど、皮膚は答えてくれます。」
皮膚は、友であり、戦友であり、味方。
見る
六問診で、何を見ていますか。
「いつから、どこに、左右どちらに。これまで、どこで何を受けたか。詳しく書いていただくほど、診断から治療法、費用まで見えてきます。」
副院長より
院長は、問診を読んだ時点で、もう方針が見えています。診察は、それを触って確かめる時間です。だから、問診は詳しく書いてください。
七他院の修正では、何を見ますか。
「日を変えて何度も見て、写真を見返し、小さな異常にたどり着く。掛け違えたボタンは、一つ目から掛け直す。それが修正です。治るまで、一緒に走ります。」
登り口は、最初に選ぶもの。
副院長より
ルーペの下で、院長には驚くほど細かいところまで見えています。手術が始まると、手術室の空気が変わる。はじめての手術こそ、大江橋で、正しい登り口から。
選ぶ
八なぜ、ドイツへ。
「一人で何もかもやるやり方が、独りよがりになっていないか。そう思ったころ、留学の話をいただきました。年に五千件ほどの手術をする形成外科で、二年。必要な手術を、必要なだけ。その物差しを持ち帰りました。」
九副院長とは、どんな関係ですか。
「診療の方針と、患者さんに向き合う姿勢に共鳴しました。今も絶えず相談し、ときにはケンカもします。でも彼女は、後に引かない。私の難しい説明を、患者さんの言葉に訳してくれるのも副院長です。」
十機械が進んでも、残るものは。
「皮膚の手触り、かすかな匂い、湿り気や厚さ。メスを入れた手応えから、線を微調整する。その職人の手は、残るはずです。」
職人の手は、残る。
経歴
| 学歴 | 京都大学医学部卒業 |
| 所属 | 京都大学形成外科学教室同門会 |
| 経歴 | 京都大学医学部附属病院、兵庫県立尼崎病院、冨士森形成外科、国立療養所千石荘病院、岸和田市民病院、Marienhospital Stuttgart(ドイツ)、大城クリニック、京都桂病院、城北病院(現・北山武田病院)などを経て、2006年12月に大江橋クリニックを開院 |
| 師事 | 形成外科を、京都大学医学部附属病院に西日本で初めて形成外科を開いた冨士森良輔先生に。レーザー治療を大城俊雄先生に。皮膚科診療を宮地良樹先生に。ドイツでは、ミヒャエル・グロイリッヒ教授、ヴォルフガング・グービッシュ教授に師事 |
| 学会など | 日本形成外科学会、日本皮膚科学会、日本耳介再建学会、京都形成外科医会、大阪府医師会 |
| 専門 | 眼瞼下垂症の手術、耳介の形成手術、皮膚のレーザー治療 |
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