東大換算

2022年10月22日 19:59

欧米の列強国がアジアの各国を植民地化していた時代
明治政府が最も腐心したことは日本が一日も早く近代化することだった

世界の趨勢に全く無知な国民の蒙を拓くため海外の最新技術や知識を官僚が先導し日本に持ち帰った
憲法を学ぶためヨーロッパを巡る伊藤博文がフランス留学後帰国したばかりの西園寺公望を随行させ
街角でのリストの演奏にいたく感激しこれは日本に連れ帰って日本で音楽教師にせねばならぬと唾を飛ばして猛進する伊藤をリストをよく知る西園寺があれはリストだから極東の日本にまで来るわけがないと言葉を尽くして地団駄を踏む伊藤を上手く宥めたのはよく知られた話だ

日本は福沢諭吉の学問のすすめを理念的根拠とし学制を敷き国民皆学を法令とし小学校への通学を義務とした

女子の就学も奨励された
昭憲皇后様が下賜された
みがかずば玉もかがみもなにかせん学びの道もかくこそありけれ
旧東京女子高等師範学校に寄せられた御歌だ
水茎の跡もうるわしいとはかくであろうと思しきご麗筆はさぞ女子学生の勤勉を促したことであろう
精力的に工場にも赴かれ日本の産業を推進し自ら日本製の大礼服をお召しになり日本の産業を世界に広められた
その精緻な細工は当時の王侯貴族の羨望の的となり日本の刺繍は海外でも高い評価を得る機会を得た
昭憲皇后様が洋装を奨励し務めて国産を用いられたことは日本の製造の向上と美術文化の進歩に繋がった
皇族妃や華族夫人令嬢もそれに倣った

日本が列強国に引けを取らぬためには富国強兵に殖産興業を掲げることが一番の近道だったのだ
とすれば教育目標は多くの国民が与えられた仕事を皆が高い技術を持ちながらも同じ規格で同じ成果を大量に仕上げられること
つまり国民の個性を排除し均一化させることだった
この教育は経済的には全く成功としか言いようがなかった

知る人は少なくなっているが戦前の教育は小学校以降は実に自由に道を選択できた
東大は官僚
京大は学者
早稲田は政治家
高商は商売人
軍人は士官学校
教師は師範学校
医者で高等教育を受けたい者は旧帝大それ以外の者は医学専門学校
(原内閣が大学令により医学専門学校を医科大学とした 岡山・新潟・金沢・長崎・千葉・京都府立・名古屋・熊本・慶応・慈恵・日本は医学専門学校が前身 旧東京女医学校・旧大阪女子医専 現在の東京女子医大・関西医大の2校は当時の女子医専で2校のみGHQの学制改革でA級校となり医科大学として残った 旧大阪女子医専が大阪女子医科大学にそして関西医大となった当時を知る先生からお話を伺ったことがあるが相当の苦労を強いられたという) 
将来はそれぞれに道が分かれていたが決してそれぞれを偏差値で仕切ったものではなかった
東大に進学する者は官僚になる者が進学する場であり家に金があって官僚にならない者が人様の税金を使って学びたいとは何事かと親に激昂される不心得な子供はどこの家庭にもいなかったその反対たる親もいなかった

第一比べようがなかったのだ
それぞれ道が違うのだから

戦後GHQにより旧来の日本教育は破壊され
高度成長期を迎えるにあたり再度教育は画一化された
大量生産は多くの国民が高い技術を保ちながら同じ規格で同じ成果を大量に仕上げられるより多くの労働者を再度欲したからだ
中央集権制はそれにより拍車をかけた
旧神戸高等商船学校こと商船大学や
旧神戸高等商業学校こと商科大学をそれぞれ神戸大学に組み入れた後は皆さんもご存知であろう
戦前は学習院や高商から世界に飛び立った者がむしろ官僚になった東大卒を戒めることもあったのだ

中卒の三浦和良を東大換算するものはいないだろう
小学校を出ただけで総理になった田中角栄は何と東大換算されるのだろう?
石井竜也はアリアの技法を取り入れてはいるが聞くからに芸大卒ではない歌い方だ
だが芸大換算という言葉は聞いたことすらない

日本が帝政ロシアを制したのは明治38年維新後40年にも満たない
明治時代の中央集権制が日本を近代化させたことは確かであろう
だが昭和の中央集権制がすべての大学の個性も特色をも失わせ偏差値だけが秀度を測る物差しとなった
その結果が現代の東大換算であると考える

学歴が悪いと言っているのではない
富める家に生まれた者は努力しなくても富んでいる
貧しき家に生まれた者は優秀であっても貧しき者であることはない
大学入試が昔の科挙のように望む者には学業と富む機会が得られる制度であるならば大歓迎である

だが学びたい人が学べない時代が来たと言われている
国は外国の留学生には支援をし学費を払えない自国の学生には奨学金という重い枷をかせたままでいる
コロナ禍でHEPAフィルターの効用をデーターで示したのは唯一日本の東大の研究所であったが多数の東大の研究者を金銭面より解雇すると言う報道があった
研究を続けたいために仕事場となる研究室を探し続けている研究者があることも聞く
国は親こどもを偏差値で仕切り分ける教育ではなくまずは自国民の望む者誰しもが学びたい学問を選び積み続けられる機会が得られる環境を整え丁寧に子どもや研究者たちに手を差し伸べなければならないのではないだろうか

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